2021/11/22

目標実現に向けた手段の検討、の前段階

 「地域に住む外国人と日本人をつなげて、まちづくり×教育という側面から多文化共生社会を実現する」という目標に向かって、どうアプローチしていくか。

 一番手っ取り早いのは、それに直結する職業があること。
 自分の志向が利益とかよりも公共の福祉に近いので、公務員になるべきだったなと思うことがある。でも、公務員という選択肢を考えたことは今まで一度もなかったし、これからも目指すことはない気がする。
 あとは、NPOとかボランティアでならいろいろ可能性がある気がするけど、自分の生活(人生)の軸(の一つ)にこの目標を置くなら仕事としてやりたいし、仕事としてやるなら生活のために十分な収入を得るというのが前提条件となるので、難しい。

 いろいろ考えた結果、既存の枠組みで職業選択するのはそれこそ視野を狭めることになりそうだと思った。自分の目標と合いそうな理念を掲げている企業を探したり、そもそもの自分の目標がかなり大きなゴールを掲げているので、因数分解してスモールステップでチャレンジできる方法を考えるのが大事かも。

 この三年の間に知り合った在日外国人なんて片手に入るくらいだし、地域に住む日本人だって今関わりがあるのは職場の人しかいないし、まちづくりなんて全く関わったことないし、改めて思うけど、な〜んにもやってなかったんだなぁと思う!机上の空論。恥ずかしい。

 今住んでいる地域で日本語ボランティアとか何かできないかなと思って、県だったか市だったかの担当者に問い合わせたことがあるけど、なぜか何の情報ももらえず、すごく残念だったな。

 教育に関しては、自分が教員や講師となったことはないけれど、教育業界にはずっと身を置いている。企業(教育サービス)と学校法人とでは組織としては別物だけれど、やるべきこととか一職員としての業務は似たようなものだなあと感じている。いつまでも下っ端としてぬくぬくやってるからかもしれないけれど、限られた枠の中で泳いでいる感じがする。実際、創造力と勢いとリーダーシップを発揮するタイプではなく、問題点を見つけてリスク回避とか業務の効率化を考えるタイプなので、誰かが作り上げた環境に対して意見のできる今の状態は結局は性に合っているのかもしれないけれど。。

 目標のスモールステップ化と、実体験と、仲間が必要だ。そうしたら、また何か見えてきそうな気がする。

2021/11/16

目指すものが見えてきた

 ◯問題解決の目的

 ツールと方向性を考えてきた結果、わたしは、「地域に住む外国人と日本人をつなげて、多文化共生社会を実現したい」んだ!と改めて思った。

 その外国人と、日本人とは、自分自身も密接につながっていて、自分の大好きな人たち同士がつながっていく、というイメージ。一人一人と向き合って、傾聴し、記憶し、居心地の良いつながりを広げていく。

 「まちづくり」もキーワードにしたのは、人々が気持ち良くつながるまち、を思い描いたから。世間で言うまちづくりとか地方創生とかは、観光資源としてとにかくその土地の魅力を伝えて人を呼び込んで、経済を回して、若い人のIターンやUターンの誘致をして・・・という早急の問題解決の側面があるけれど、わたしが意味しているのは、もうすでにそこに暮らしている人々やこれから暮らしにやってくる人の地域でのつながり。このコロナ禍が終われば、きっとまた外国人労働者や留学生、そのほかいろんなバックグラウンドのある人が増えるであろうから、そこに暮らしている人と、新しく暮らしにやってきた人が心地よく過ごせるといいなと思う。

 大学院の2学期末の課題で、岡山県矢掛町の事例を元に「地域参加を通して、どのようにシティズンシップ教育を施すことができるか。まちづくり政策の可能性」というタイトルのEssayを書いた。まちづくり政策の一環として、ボランティアとかその地域でのイベントに参加することでコミュニティのつがなりが強固なものになっていくんじゃないかとわたしは考えている。(また、そこに教育的側面もあると思っている。)

 また、つながりをつくる目的は、「○○人」というただの集団から、個々人に目が向くことで、もちろん衝突もあるだろうけれど、多文化共生へとつながる大きなきっかけになると思うから。もしかしたら、個人と個人の関係になった瞬間に、文化的集団としてのフィルターだけで物を見なくなるので、”多文化”という言い方がもうそぐわなくなってくるのかもしれないけれど。

 実家のある地元で日本語ボランティアをやっていた時は、誰かと誰かをつなげたわけではなかったけれど、故郷を離れて日本という国にやってきた中国やベトナム、インドからの人たちと知り合いになって、比較的年齢の近いわたしに親近感を抱いたのか仲良くしてもらえたので、それがすごく嬉しくて楽しかった。その日本語の会で週に一回会うか会わないかの関係でしかなかったけど、わたしと知り合ったことで少しでも彼らの日本での生活のプラスになっていたらいいなと思っていた。


「地域に住む外国人と日本人をつなげて、
まちづくり×教育という側面から
多文化共生社会を実現すること」を目標に

人一人と向き合う傾聴力、記憶力、
独自の視点・発想力、行動力(それも強みだった)
をわたしのツール(武器)として活かしていく

(コツコツじっくり丁寧な仕事の仕方、サポーター的な役回り を得意とする部分ももちろん活かして。)

そういう気持ちで、これからがんばってみようと思う。

そして次に考えることは、その手段だね。



#在日外国人 #地域 #つながり #多文化共生 #まちづくり #教育

2021/11/15

問題解決について、ちょっとだけ見えてきた

  「問題解決の伴走者」って具体的に何するの?結局どういう分野を極めるの?っていろいろ考えてみて、漠然としすぎているから5W1Hにして検討してみようとかやってみたけど、見えてきたキーワードは「外国人」だけだった。ただ、それも一つの収穫ではある。
 この検討の過程も記事にしようと思ったんだけど、まとまらなかったのでやめた・・・。代わりに、人と話しながら自分の思いとか考えをアウトプットしてたら、ちょっと何かが掴めそうな気持ちになったので、それについて書こうと思う。


◯問題解決のツール

 まず、ツールにおいて、大きく分けて二つの種類があるとわたしは考える。
 有形のツールと無形のツール。

 有形、というとちょっと語弊があるけど、before/afterの変化が目に見えやすい「技術」を意味している。例えば、SEさんとか美容師さんとか、そういう"手に職"系の技術。その専門性ある【技術力】をツールとして、人々の生活の便利化や仕事の効率化、より良い状態の提供といった問題解決をしていると思う。

 一方で、いわゆる文系でありがちなのは無形のツールで、アイディアとか【発想力】をツールとして問題解決につなげるという感じのもの。より良い状態を目指すところは一緒でも、具体的なものを作り出すのとは違って効果がはっきり見えない、方法や結果に正解が明確にないのが、難しいところ。

 わたしはどちらかというと、自分に何か技術があればよかったのに、と思っていた。結果が目に見える方が安心もする。白黒つけたい性格。でも、何の技術を身につけたいのかよくわからない。憧れるけど、憧れが先にあるだけで、進みたい道みたいなものは特にない。

 ああ、結局自分は何も極められる道が見出せないのか・・・と悲観的になっていた。

 ただ一方で、自分は大学院まで出ている身で、そんな自分が社会の中でやるべきことは、頭をフル回転させ、世の中を俯瞰して潜在的な問題を見つけ出し、それを解決していくことなんじゃないかとも思った。人にそう指摘されて、確かに、と思った。

 既存の枠組みの中で何かをしようとするんじゃなくて、自分で見つけ出してくる。そして自分で切り拓いていく。これまでの自分の経験や知識、関心事を掛け算していって、ニッチな部分を攻める。そういうことができるんじゃないか?と人に言われ、もちろん、実際にやっていくのは簡単なことではないけれど、すごく腑に落ちた。

 だから、無理やり専門的な技術力を身につけて勝負するのではなく、アイディア勝負でもいいじゃないか、という気持ちになれた。


◯問題解決の方向性(分野)

 じゃあ、どの分野で?という話に戻ってくるのだが、冒頭でも書いたように、わたしはやっぱり海外とか外国人がキーワードになっていて、いろんな国の人と知り合えたらやっぱり楽しいな、と思う。日本人をなおざりにするという意味ではなくて、純粋にいろんな国の人と知り合いたい。

 人見知りだし、以前の記事にも書いたように自分には異文化に対する寛容性が足りないようにも思うし、人を相手にするのって良いことも悪いこともあって心が揺さぶられてそれに人一倍ストレスを感じることも多いので、自分の性格には向いてないんじゃないかとも思う・・・けど、興味があることには変わりないんだよね。。

 新卒の就活の時から変わってないんだなあと気づいたのは、海外・外国人というキーワードに加えて、
 ・不特定多数の人との一期一会ではなく、長期スパンで一人一人と向き合いたい
 ・つながりを大事にしたい
という気持ち。

 大学院進学前から在学中に見つけたキーワード、多文化共生まちづくり、も再発見した。



・・・と、結局もともとの興味関心分野に戻ってきた感じになった(^_^;)

それでも、わたしが得意とする「傾聴」「記憶」「独自の視点」はどれも活かせそうな感じがしてきた。

2021/11/08

自分に向いていること→やりたいこと

  「現在の状況と性格、葛藤」にも書いたように、わたしは事務仕事と傾聴と記憶が得意。独自の視点を持っているのも強みになるかな。だから、事務仕事以外の部分で考えたら、困っている人の話をしっかり聞いて、そこから一緒にソリューションを考えたりこちらから提案してサポートしていく、というのが向いているんじゃないかと思う。それで誰かの役に立てたら、確かに幸せ。

 今年の7月くらいにも自分で考えていて、そういうアイディアが出てきていたけど、この間身近な人にも同じことを言われて、改めてそうだよな〜と思った。

 ただ、ここには二つ問題があって、一つは「困っている人」のモチベーションが高くないと、こちらがモチベーション低い方に引っ張られていってしまうこと。前向きに主体的に問題解決したいと思っている人が相手でないと、わたしも頑張れない!モチベーションが低い人、他力本願な人を引っ張っていくカリスマ性は持ち合わせていない・・・。

 もう一つの問題は、何についての問題解決なのか、その「何」という部分がわからない。自分の専門分野の知識が役立てられればいいんだけど、その専門分野がない。中身がスッカラカーン(・∀・)!これはかなり致命的。


 今の仕事も近からず遠からずで、担当業務上、一つの分野についての知識をかなり深めて、専門家的な感じにはなっている・・・けど、ちょっと違うんだよなあ。クライアントである当の本人は他人事だと思っている場合が多かったりするし、サポートしているのはわたし自身ではない。


 あぁそうだ、きっとわたしは「問題解決の伴走者」がやりたいんだなあ。

 自分自身がプレイヤーとなって表舞台に出ることに憧れはするけど、向いていないのを知っているから、あくまでサポーター・裏方役として最大限の力を発揮できるようにしたい。

 そのために「何」の分野なのかを見つけることが、これまでもそうだったけど、これからの課題。

2021/11/07

10月の振り返り(その他)

 2.ニュースについて

 ポッドキャストをしばらく聴いていたけど、最近はテレビを観るようにしている。家具の位置をテレビに向かって座る配置にしたら、自然な流れでテレビを観るようになった。たったそれだけだけど、効果はあった。目と耳でダブルで入ってくる情報は印象に残りやすく、意識もそっちに向くので格段に日々の情報量がアップした。
 世のビシネスマンからすれば、これくらいじゃ全然情報収集しているとは言えないと思うだろうけど、超最低限の時事はキャッチアップできているので、わたし的にはオッケー。
 あと、ちゃんと下調べした上で選挙の投票もしたので、国民としての義務の一つは果たしたし、オッケー!


3.読書について

 あまり読み進められてないけど、スキマ時間で本も読んでいた。仕事の昼休みにデスクから離れて5分だけでも本を開くというのも実践してみた。気分転換になるし、なかなかよかった。家でも、寝る前の5分とかもっと活用しよう。


4.お金や保険のことについて

 これは12月になったら考えようと思っているので、なにもしてない!


5.新しく始めたこと

 ジムに通い始めた。
 去年の今頃まで、一年半くらい他のジムに通っていたけど、営業時間がどんどん短縮になってわたしが通える時間ではなくなってしまったのでやめた。それから一年経って、家で一人でヨガやったりしてたけど不十分で、筋力がどんどん落ちておばあさんみたいになってしまった。これではいけないと思いやっぱりもう一度ジムに行くことにした。今度のところは24時間営業だから、いつでも行ける。週2〜3日を目安に行こうとしていて、今のところ平日の仕事終わりに一回、土曜日の朝に一回、という感じで行っている。
 まだ数回しか通っていないけど、それでも劇的に身体が変化した!!筋肉って大事なんだな〜って実感。あと、無心になって黙々と運動し続けるのが、かなり精神衛生の向上につながっている感じがする。

 ここ一週間くらい仕事の忙しさが落ち着いて開放的な気分になっているせいか、また英会話もやりたくなってきちゃった・・・。でもまた忙しくなるし、通えないんだろうなあ、続かないんだろうなあ。英語話したい。

10月の振り返り(翻訳)

10月の反省。


1.翻訳について

 土日のどこかでやろう、くらいの甘い考えだったため、全然捗らず。ごく当たり前のことだけれど、何時からやる!って決めてやらないと、他の誘惑を優先して後回しになり、結果的にやる時間無くなった・・・ということになるのを身をもって実感した。頭を使うこと、時間のかかることは、やっぱり後回しにしてしまいがち。
 結果、アメリアの翻訳コンテストは、課題文すら見ることもなく手をつけられなかった。
 通訳翻訳ジャーナルの方は、先週末と今週平日も含め今日まででしっかり時間を取って取り組めたので、9割方完成した。あとは細かな修正と、応募用に書類準備するだけ。来週中には整えて郵送したいところ。


 翻訳を久々にやってみて思ったのは、専用ソフトなどを持たない(自分は持つようなレベルではない)状態で、調べた情報や原文、訳文をどう保存するか迷うということ。

 通訳翻訳ジャーナルに関しては、課題文が本に印刷されているので、わからない単語や文章の構成などを調べたときに、それを直接本に書き込んでしまうのか?A3コピーしてそこに書き込むのか?PDF化してそこに書き込むのか?PDF化したものをさらに文章だけ選択してWordのようなソフトにコピペして書き込んでいくのか?はたまた、英文を全部手打ちしてデータ化してから書き込みにするか??など、迷った。やっぱり紙とペンで手書きにしたほうがいいのかな、とか思ったりもしたけど、何が正解なのか、何が効率がいいのか、よくわからなかった。

 結局今回は、訳文作成までの工程において、Evernoteを使うことにした。
 わたしが考えたEvernoteの利点は、①辞書(アプリ※)やネットで調べた情報はとにかく片っ端から気軽に保存しておける、②編集した内容が自動保存されるので安心、③他のディバイスで見たくなった時もすぐ開ける、④ダークモードって意外と見やすい、かな。③は結果的に使わなかったので関係なかった。④は訳文完成してから気づいた。

※アプリだけど、「コウビルド」(英英辞書)と「Random House」(英和大辞典)という数千円払って買った翻訳に使えるちゃんとした辞書です、一応。

 一方でわたしがEvernoteで不便に感じているのは、①自動保存してくれたはいいけど、どこが変更になったのかが後から振り返りにくいこと(うっかりキーボード押しちゃって気づかず編集されちゃってるんじゃないかとか不安になる)、②だから人に読んでもらいたくて共有するとしてもコメントとかわかりやすく入れられるのかが不安、③印刷したいときにいくつかのステップを踏まないといけない(家にプリンターがないので余計に不便)

 ということで、次回以降は、Evernoteは調べ物用、Googleドキュメントは原文取込と訳文作成用(編集箇所がすぐわかる・印刷もすぐできる)、Word/Pagesは応募原稿作成用(Goolgeドキュメントは縦書きができないため)、と棲み分けることにした。昔もそうしてたんだけど、あちこちにデータが散らばるのが嫌だったんだよね。でもこうするのが今のところ一番良さそう。

 ダークモードは我慢するしかない・・・。
 あと、手書きも織り交ぜたほうが集中力保てるかなとかも思ってるんだけど、あとで単語とか見返すことを考えると、ノートをペラペラめくるよりもデータにして検索機能使えるようにしておいたほうが効率がいいと思う。集中力は他で補うしかない・・・。

 ・・・と、手法の話をしてきたけど、気持ち的な面では「まぁ楽しめた」という感じだったのが正直なところ。楽しくて楽しくて寝る間も惜しい、とは決してならないし(それでも平日の夜中に集中してる時もあったけど)、自分に向いているのかよくわからない、という感覚。
 翻訳を通して英語の勉強になるだけではなく、新しい物語に出会えたり、新しい知識がつくのは面白いなと思うし、それはいわゆる役得みたいなところなのかな、とも思う。それはとても魅力的ではある。

 ただ、自分に向いていること、自分が求めていることは他にあるような気がした。なぜそうなのかは、また別のところで書くことにする。それでも、翻訳はまだもう少しやるつもり。


 他の振り返りも次の記事で。
 

2021/10/08

試み

実際に何をやってみるのか、試みを挙げてみる。


試み1.やっぱり「翻訳」

 なぜか分からないけれど、翻訳には昔から興味があり、やらなきゃいけないような気持ちになる。通訳翻訳ジャーナルを9月に買って、コンテストに応募しようと思ったけど9月中にはほとんど何もできなかったので、今月中に仕上げて応募する予定。アメリアの翻訳コンテストの開催のお知らせも来たから、間に合えばそちらもやりたい。


試み2.ニュース

 情報のインプットがなければ、知見は広がらないよね。
 ニュースを効率よく、快適に、取り入れる方法を見出したい。スマートニュースとかYahoo!ニュースとかのアプリがあるけど、個人的にはあまり好きではない。NHK NEWSとかBBC NewsをLINEで友だち登録しているので、それでわずかながらに情報収集しているけれど、とても十分とは言えない。
 昔は新聞取ってたけど、溜まっていく一方だった。でも地元(住んでいる地域)の情報を得るには、契約して新聞取るのが一番よかった。
 超受動的に情報を得るなら、やっぱり耳から情報が入ってくるのが一番楽で手っ取り早い気がする。ポッドキャストが最近ちょうどいい感じ。でも、朝テレビのニュースをつけて見ている方が情報を吸収できていたように思う。


試み3.読書

 読みたい本がたくさんある。本を買うのが好きなだけ疑惑もある。笑 "積ん読"が増える。小説なら、ミステリーが好き。ファンタジーも好き。ここ最近読んだ本はこんな感じ(↓)。東野圭吾はちょっと苦手。伊坂幸太郎、恒川光太郎はすき。『イノセント・デイズ』は衝撃的で、数日間トラウマになった。(本の帯でも誰かそう言ってた気がする。)『獣の奏者』はどハマり!主人公エリンに何か重なるものがあって、夢中になって読んだ。写真にはないけど、『始まりの木』も言葉や表現が豊かで面白かった。

 

 いま読んでいる(読み終えられないまま時間が経過している)のは、いくつかあるけど、ビジネス書とかハウツー本が残ってしまったかも。そういうのを読んで、得た知識から何か自分がアクションしたいかどうかで、身の振り方も考えるきっかけになるかなと思っている。


ニュースについては日常的に試行錯誤して、得た情報を人と議論してインプットとアウトプットのバランスを保とうと思う。
翻訳は今月(10月)、読書はスキマ時間にしつつメインは11月という感じかな。



追記:


試み4.お金や保険のこと

 貯金はするようにしているけど、浪費家なので、真剣に将来のためにもお金の知識をつけてどうにかしないといけないと思っている。iDeCoとかNISAとか薦められるけど、ちゃんと自分で考えて必要かどうか検討したい。あと、生命保険とかは家族を持ってからとか後回しにしたとしても、身体弱めなので大病した時のことも考えておかなければいけない気がする。

これらの検討は早ければ早いほどいいはず。でも少し落ち着く年末にじっくり考えようと思う。



10月 翻訳 →  11月 読書 → 12月 お金・保険

 というざっくりしたプランニングで行きます。

年明けも死ぬほど忙しいけど、年内に検討した事項を、実際に具体的に行動に移していくイメージかな。

2021/10/07

この三年の間の模索、これから

自分は社会不適合者なんじゃないかと思った。本当にそうなのかもしれない。
社会人経験も同世代に比べれば半分くらいしかないし、それも自分の中で引け目に感じている。

仕事は真面目にきちんとやっているし、やらなきゃいけなければ残業だってやるし、人並みに働いているつもり。だけど、幸福度が下がるので残業はとにかくやりたくないし、さっさと帰って自分の時間を過ごしたい。作業は得意だけど、作業の時間が大半を占める仕事は苦痛だし、できれば自分のペースを乱されたくないから、事務仕事に集中したい時に窓口・電話対応とかしなければいけないのはすごく苦痛。人と話すのは好きだけど、ストレスも多い。

熱しやすく冷めやすい性格で、結局は努力とかしたくないんじゃないかとも思う。でも一方で、イギリス留学の一年半は、たぶん人生で一番勉強したし、努力できたように思う。やればできる気がする。ただ、何か自分のツボに入るものでないとスイッチ入らないんだろうなとも思う。何ならできるんだろう。

遊びのことならすぐ飛びつけるのに、仕事となると途端に腰が重くなって集中力や持続力が皆無になるのは何でだろう。何なら頑張れるんだろう。

そういう自問自答がこの数年間繰り返されて、見つからないままでいる。結局、自分の専門分野なんて持たないで、決められた時間働いて帰ってきて好きなことをしている方が幸せな可能性もある。

そういうことも含め、具体的にまた少しずつつまみ食いしながら”自分探し”をしていく中で、自分はどうしたいのか、何が幸せなのかを見つけられるといいなと思う。

今の仕事がとんでもなく忙しい時期に突入するので気力が持つか不安だけれど、これからの半年くらいで、少しでも今後の方針が見えてくるといいなあと思う。

自分ができること(得意なこと、向いていること)と、やりたいこと(好きなこと)と、人に求められる(需要がある)こと、がうまく重なり合う部分があるといいんだけど・・・。結果、仕事は仕事、お金のためだけだ、と割り切れるようになるのなら、それはそれでもいい。

周りの同世代が、中間管理職的な立場になったり、夫や妻になり、父や母になって、立派な大人になっていく中で、自分はいつまでも大人になりきれないお花畑思考だなと自覚している。引け目を感じる。社会人として、大人として、自信がない。でも、それが自分なんだと受け止めるしかない。

こうしてブログを書くという目的を持つことで、自分を改めて分析したり、自分の考えとか感じていることを半強制的にアウトプットする機会になるし、実際に試行錯誤したってことも残さないといけないような気持ちになるので、あまり自信はないけど、まずは半年、いや、まずは2021年の残り3か月!精一杯の自分で、もう少しもがいてみようと思う。

この三年の間の模索、いろいろ手を出そうとしたけれど

さて、そんな自分が、改めて、何ができるのか。どんなことなら向上心を待って生き生きと働き、生活をするためのお金を生み出せるのか。検討してみたい。できることなら、もう一歩踏み出して、継続して努力してみたい。

子どもの頃から興味のあった翻訳をちょっとやってみたら、ビギナーズラックで通訳翻訳ジャーナルのコンテストに入賞一歩手前の人として一度だけ名前が載ったことがある。知人を通して、一度だけ翻訳の仕事をもらったことがある。でもそれ以上に繋げられていない今。

たぶん性格的に向いていると思って、プログラミングもかじってみた。Progateというサイトを使って独学でやってみて、すごく面白かったけど、仕事終わりにちょろっとやるには時間的にも労力的にも足りなくなってきたレベルにまで行ってしまったので(言うほど大したレベルではない)、途中で挫折した。

日本語ボランティアをやっていたこともあるので、日本語教師の資格を取ろうかと思ったこともあった。でも具体的に日本語教師として働くイメージはできなかったので、資料請求しただけで手は出さなかった。

英語教員の道も一瞬考えたけど、やっぱり違うかなと思った。ニュースになっているほど、学校の先生の労働環境が問題視されているのに、わざわざその渦中に飛び込んで行きたいとは思えなかった。

修士課程をせっかく終えたし、勉強したことを活かすためにも、これからも研究を深めて学会に所属することも3年前には一瞬血迷って考えた。けれど、研究者になるほどの熱意もなかった。

(人々の異文化への寛容性を高めたいと思っていたけど、実は自分が一番、異文化(外国ということに限らず、異なる価値観や生まれ育った環境という意味も含め)への寛容度が低いんじゃないかと思ったりもしていた・・・。)

現在の状況と性格、葛藤

そして、現在。

首都圏にある実家を離れ、日本で初めて一人暮らしをした。しかも、縁もゆかりもない地方で。地元に帰りたくて仕方がなかったし、長く続けるつもりはそこまでなかったけど、結果的にこれまでの仕事より続いている。もうすぐで丸三年になる。

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もともと声が大きくてハキハキ話すし、新卒での営業研修でみっちり営業・接客姿勢のようなものを練習させられ、傾聴力やコミュニケーション能力も人並みに鍛えられているため、明るく元気な人だと思われる。
(叩き込まれて後から身につけた力なので、疲れたり気を抜くと簡単にその能力は失われる・・・)

実際は、内向的な性格で、真面目で冷静なタイプ。

だからあんまり、勢いで人を巻き込んでリーダーシップ発揮して何かを成し遂げようとすることとか、企画運営的なことは向いていない。もちろん、営業も向いていない。花形の仕事は向いていない。

わたしが得意とするのは、事務仕事とか物品やデータ管理の仕事で、コツコツじっくり丁寧に仕事をすることの方が向いている。
あと、記憶力が良く、瞬発的な記憶力はないけど、一度覚えれば、人の顔と名前、その人と話したことや周辺情報は基本的にしっかり覚えているので、一人一人とじっくり向き合って深くお話を聞くのは得意。でも感情移入し過ぎてしまうところが弱点。

そういう点で、今の仕事・部署は自分に合っていて、一緒に働いている人たちにも恵まれているので、辞めたいとは全く思わない。

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教育に関係する法律や政府の方針、学校組織そのものや職員の在り方、学生支援など、一職員として学ぶべきこともたくさんあるし、人生経験としても勉強になることがたくさんあると思う。

ただ現状としては、どの仕事もそうかもしれないが、目の前の業務や作業に多くの時間を取られ、そんなビッグビジョンであれこれインプットして思考を巡らせている余裕はない、少なくとも自分には。

だからこそなんだろう。
上司の中には、抱えきれないような実務を自分自身でもやりながら、知識・情報も豊富な人がいて、どこにそんな時間があるんだろうと尊敬するけど、基本的には全体が自転車操業で目の前の業務に追われて、いつまでも残業してそれが当たり前になっている空気感を目の当たりにしている。だから、このままでわたしはいいんだろうか、と感じるんだと思う。

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「お金とかではなく、やりがい」とかいう労働力の搾取的な洗脳教育を、学校で、社会で、受けてきているから、ずっと何か”やりがい”を求めてきたけど、この数年で、「いや、働くのはお金のため、生活のためでしょ」と思うようになった。

だから、お金は欲しい。欲しいもの買ったり、好きなもの食べたり、楽しいことに使いたいし、快適な生活を送りたいから。でもだからといって、別に残業とかして、体力とか時間を消耗する気もない。お金ない、時間ない、体力ない、の3つのないで自分は不幸に感じるので、すべて程々にしたい。

それなのに、やっぱりどこかで、自分はこれに長けている、みたいなものが欲しくなって、専門的なことをして生き生きしている人を見ると羨ましくなってしまう。

隣の芝は青い、というだけなのかな。こういう人たちが生き生きとするまでには、いろんな努力を辛抱強く続けてきているはずで、その積み重ねで今があるはずだと思うのに、自分はその努力をできる気がしていなくて、ただのダメ人間だと自覚している。

ちなみに、英語ができたところで、何にもならない、というのにも数年前に気づいた。何かの言語ができることはプラスにはなるが、結局は言語をツールとして何か他のものを武器にできなければ、ただのお喋りな人になるだけ。

批判的なものの見方、変わった視点を持っていると子どもの頃から言われていたし、自分もそんな気がしていた。合理的な考え方をする。それをそのままストレートに口に出してしまうし、声が大きくて内緒話もできないことも相まって?、周りに敵を作り、よく損をした。とある経営者に「あなたは諸刃の剣だ」と言われたこともある。よく言い表したものだと感心する。

過去の経験と性格(転職〜イギリス留学)

◯転職・留学


転職して、短期間だけだったけど、英語で記事を書く仕事をやった。英語力としては悲惨だったと思うけど、個人的には落ち着いて仕事ができて、楽しかった。

精神的にも体力的にも余裕が出たおかげで、いろんな社会問題にアンテナが張れるようになり、自分なりにできる範囲でいろんな活動をやってみた。

さらに、学生時代の夢だった「海外に住む」ということを実現する方法を考え、さすがにいきなり仕事で行くのは難しいと思ったので、長期留学という手段を取ることにした。

何を学ぶか。語学力はもちろん上げたいけど、それはこれまでも日本でやってきているので、英語はツールとして、何か他のものを学ぼうと思った。

何を学ぶか。何に興味があったか。異文化、国際関係、多文化共生、児童文学、教育、いろんなキーワードを考え、調べ、紆余曲折して行き着いたのが「シティズンシップ教育」だった。大学院に進学することにした。

ただ、大学院に行くだけの英語力が足りなかったので、出願する前に半年間、イギリスの語学学校に通った。大学院進学準備コースのようなカリキュラムだったので、IELTS対策をみっちりして、苦手な長文読解もかなり鍛えたし、論理的な英作文も書けるようになった。自分の興味のある分野についてイギリス人の先生と議論するのも刺激的で、とてつもなく楽しかった。


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◯大学院


大学院に行って、毎学期末の課題論文を書き上げ、修士論文を仕上げて最終評価がついたのは、自分の中では超大作を作り上げたような感覚で、達成感が大きかった。大きな自信になった。
ただ一方で、自分が期待していたほど時間に余裕はなく、いろんなことが幅広く学べるというわけではなかったし(院なんだから当然かもしれないが)、教員やクラスメイトと議論をして新しい刺激を受ける、と言った感覚は味わえなかった。

多文化共生やシティズンシップ教育から焦点を絞り?、異文化間能力という側面から大学の教育に着目し、大学での就職先を探した。残念ながらこの経歴では教員にはなれないが、帰国してすぐに、地方大学の職員として内定をもらった。


…ここまでが、わたしのこれまでの変遷で、過去のブログにも書いてきた。

*過去のブログ
 ・大学院留学のふりかえり(未完成) ◆ POWER OF 異文化間能力 ◆

過去の経験と性格(学生時代〜新卒社会人)

◯小学校〜高校


習い事で始めた英会話がすごく楽しかった。
筆記テストの点数も悪くなかったし、何より、今まで知らなかった言葉の意味がわかるようになるのが嬉しかった。
年に一回だけあった外国人の先生との会話のテスト。とっても緊張したけど、眼の色、肌の色が違う人と、少しでも話すことができたのが嬉しかった。
今でも覚えてる。「Green」という単語がどうしても聞き取れなくて、悔しかった。

そんな、小学生から中学生の頃のわたし。

言語だけじゃなくて、他の国の文化というものにすごく興味を持った。

高校で、受験英語がまったくできなくて、英語が嫌いになった。
文法は得意だったけど、単語が難しいし、長文読解が苦手で、太刀打ちできなかった。


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◯大学〜社会人3年目


大学生になって、もう一度英語を楽しく学びたくて、稼いだアルバイト代を、英会話スクールに使った。

持ち前の積極性と、子どもの頃の楽しかった成功体験が呼び起こされ、ぐんぐんと英語力が上がった。TOEICの点数も150点近く伸びた。
外国人と話せることも楽しかったけど、英会話スクールで学ぶことによって、いろんな世代の日本人のクラスメイトと仲良くなれたこともすごく楽しかった。

初めての海外旅行にも行って、超短期間だったけど留学も経験した。

就職活動をする段階になって、自分にとって、英会話や異文化というものがキーワードになっていたので、ピンポイントで英会話スクールの採用試験を受けた。そして、無事に内定をもらえたので就職した。

実際に働いてみて思ったのは、スタッフとして働くことで、外国人講師や日本人講師との距離がより近くなって、アットホームな感じが心地よかったこと。
学ぶ意欲の高い生徒さん(お客さん)と話が弾んだり、実際に自分が入会案内した人が入会後に語学力が伸びてキラキラしているのを見たり、わたしが話を聞いて後押ししたことに感謝してもらえたりした時に、すごくやりがいのようなものを感じた。

ただ、それ以上に、理不尽な出来事や、窓口対応・電話対応・事務処理を一人や数人で回して、まともにトイレも行けない・ゆっくりご飯も食べられないことが週に何度もある状況、早番・遅番といった不規則な生活の繰り返し、などに、わたしは疲弊して辞めた。

病院には行かなかったけど、いま思えば、軽い鬱状態だった。